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万葉集​息長川顕彰之碑

息長川有縁の中井神社境内に建立された。

中井神社に建立された万葉集息長川顕彰碑

​中井神社境内の顕彰碑

中井神社境内に建立された万葉集息長川顕彰碑
 ​顕彰碑正面  顕彰碑除幕式平成25年2月24日

​顕彰碑正面

顕彰碑除幕式平成25年2月24日

​碑 文

 「四四五七番」 大伴家持(おおとものやかもち)

住吉(すみのえ)の 浜松が根の

  下延(したは)えて 吾が見る小野の

    草な刈りそね

      伎人郷国人(くれさとのくにひと)邸歌宴での挨拶歌

 

 「四四五八番」 馬史国人(うまのふひとくにひと)

(にほどり)鳥の 息長川(おきなががわ)

  絶えぬとも 君に語らむ

    言尽(ことつ)きめやも

     家持(やかもち)の挨拶歌に対する答礼歌

 

    天平勝宝八年(七五六年)三月七日

 息長川の由緒について

万葉集に詠まれている息長川は、伎人郷

(喜連)国人邸の歌宴の席から眺めて西向

きに流れ、当時は西除川であった現在の

今川に合流する川であり、その合流点が

平等橋より中井神社の東側に至る間と推

定されます。

 息長川は奈良末期に度々の洪水により

埋没し、幻の川となりましたが、平安中

期より貴族の間に、「誠実な恋」を意味す

る川とされ、源氏物語「夕顔の巻」にも

「息長川と契り給うよりほかの事なし」

と書かれて、光源氏が恋人の夕顔に「熱

烈な愛」を誓っています。

 

     平成二十五年二月

       中井神社氏子総代会

       息長川(今川)実行委員会

       古伝承を訪ねる会

       東住吉歴史の道の会

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